
今明かされる設立の秘密 親はNECではなくセガ?
――大沢さんはもともとヒューマン所属だったとのことですが、最初の仕事は何でしたか?
大沢 メガCDで『バリアーム』です。『シルフィード』と同じ発売日だったこともあって、売上は大苦戦しましたけど(笑)。
山本編集長 僕遊びましたよ当時!ボスがすごく硬くて……(以下しばらく『バリアーム』トーク)
――あの、『バリアーム』は下にコラム作りますので、本題に入っていいですか?(汗)。ヒューマンの後、ヒューネックスまでの足取りは?
大沢 ヒューマンがゲームスクールをやっていたんですけど、そこでプログラムの講師をしてました。その後一度はIT業界に行きましたが、当時の教え子がかなりヒューネックスにいたんで、そのつてでゲーム業界に戻ってきたんです。ヒューネックスが親会社から独立して1年目くらいの時期でしたね。
――ヒューネックス設立の経緯とは、どのようなものなんですか?
大沢 もともとヒューネックスはヒューマンとNECホームエレクトロニクスの合弁会社だったんですが、実は集められた当初はヒューマンとセガの合弁会社が作られる予定でした。新規事業部という位置付けでヒューマンで募集をかけて。それで、立ち上げの時期にヒューマンの社長から「セガと一緒にやるんだったら、NECのほうもやってくれ」と話があり、新規事業部を二分化したんです。その際のNEC組がヒューネックスになりました。セガ組のほうは、その後残念ながら立ち上がってません。

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