
――「ゲームサイド」ではスポーツゲームや格闘ゲームの企画が通りにくくて、10年ぐらいライターやってますけどプロレスゲームの記事を書かせてもらったのが2回しかなくて。今回はすごく濃い話を聞こうかと。
一同 (笑)。
――まずはユークスさんの初期の話から聞いていきます。まず1作目の『闘魂烈伝』(※1)のことから。初の3Dプロレスゲームでしたね。
北口 『ハーミィホッパーヘッド』を最初は作ってたんだよね。(『闘魂烈伝』と)同時発売だったかな。
――開発は同時進行で?
北口 同時ですね。最初は開発機材を借りて、マリオみたいな2Dアクションをみんなで作っていたんですが、すごくプロレス好きな企画者がいて、プロレスをやりたいと言って、企画をトミーさんに出したら通って、やることになったんです。
――では当時、その企画者さんが先頭に立って進めていったと?
北口 プロレスゲーム好きは多かったんですよ。『ファイヤープロレスリング』(※2)で負けたやつが昼の弁当を買いに行かされたりとか。
――でもみんながプロレス好きだったわけでもない?
北口 わけでもないですね(笑)。
――最初の頃は何人ぐらいで?
北口 『闘魂烈伝』は5人かな?
千早 5人て……今はジョン・シナ(※3)ひとりに5人がかりですよ。
一同 (笑)。
――今は1体作るのに5人も?
千早 スーパースター(※4)を1体作るのにおよそ3ヵ月ぐらいかかります。テクスチャ(※5)貼ってない時代とは違うんですよ。
一同 (笑)。
研谷 3Dのゲームって普通はモデリングの担当がいるじゃないですか。でも『闘魂烈伝』では企画者がモデリングしていたんですよ。
――ええっ?
立ち読みはココまで!続きは本誌で読んでね!

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